Day_6_3 誰だって足場は死体
「変わりたいと思ってるさ」
「そうなの……」
大神くんにサッカー部のことを聞いてみたら、帰ってきたのはその一言だけだった。
やっぱり、嫌な奴だったという部員達の話は本当だったらしい。
「死ぬ夢は『欠点の克服』と『生まれ変わり』を意味する吉夢なんだろう」
彼はベンチに座り、手術痕の残る脚を見ている。
「最近……不思議なことに、引退して良かったと思えてきた。前までは辛くて仕方がなかったのにな」
「それは……どうして?」
「俺なんかが実力を持っていたって、それを鼻にかけて周囲に迷惑をかけるだけ……そんなもの、消えてなくなった方がマシだったんだ」
『塞翁が馬』と、そう言いたいの?
「サッカーができなくなったという事実は変えられない。そして、過去の悲しみに囚われ続けるのもまた無意味だ。現実を受け入れて進むしかない──ということなのだろうな」
「っ……」
「はっ、柄にもなく変なこと言っちまったな……」
喉元に上ってきた言葉が、止められずに飛び出してくる。
「君は……君は死ななかったからそう言えるんだ!」
自分の感情に嘘をつけない。言葉を飲み込めない。暗示にかかったときみたいだ。
「現実を受け入れて進む? お母さんは1年前のあの事故で死んだんだ、死んだから進むなんてできないんだよ! どうして君なんかが生き延びられて、お母さんは死ぬの! どうして……!」
大神くんは急に叫び出した私に目を丸くして驚いている。
ああ、なんてことを言ってしまったんだろう……
申し訳なくて、でも謝れなくて、私は彼に背を向け走り出した。
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「……そうか、あのときのあの人は、赤井の親だったのか?」
人混みの方へと走り去る赤井の背中を見ながら、俺は公園前で起きたあの事故を思い返す。
あの暴走した大型トラックは、横断歩道を渡る女性──おそらく「お母さん」に向かってまっすぐ飛んできていた。
女性が車を見て「逃げて」と叫び、近くにいた俺は驚いて立ち止まった。だからこそ直撃は免れたのだから、彼女は命の恩人とも言えるだろう。
あんなこと言ってないで、自分だけさっさと逃げてしまえばよかっただろうに。
もしかしたら、俺が咄嗟に彼女を突き飛ばしていたら……身代わりとなり、助けることができたのかもしれない。
しかし、俺はヒーローにはなれなかった。
死を惜しまれる程度には、彼女は善い人だったのだろう。俺よりもよほど。
この世界というのは、勧善懲悪では動かない。善人ほどよく死に、悪人ほどよく生きるのだ。赤井がああなるのも良くわかる。
ならば何故、俺は「変わりたい」だなんて思ったのか。
この夢が教えてくれたからだろうか。「人を傷つける」とはなんたるかを。
溜息をひとつついて、空を見上げる。
──夜空に何かが浮かんでいる。
……紙切れだ!
ひらひらと落ちてくるそれを、俺は慌ててキャッチした。
「現実……改変……」
内容はいつもと違う。第何段階、からは始まらない文章。
しかし、これは──今日の朝の異変と関係があるのか?
「現実を書き換える」。普段なら馬鹿らしいと一蹴していたであろう記述だが……
『殺意の時間です』
今朝起きた、まるで「夢が現実になった」かのような現象が、それに信憑性を持たせている。
『夢を叶える夢のため』
夢を叶える……夢を叶えるため?
『あなたは人を殺します』
そのために誰かが、現実を変えようとしている──